2023年のご挨拶(Sprocket 深田浩嗣)

Sprocket

深田 浩嗣

みなさま明けましておめでとうございます、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2022年はユーザーが“ほんもの”を求めるようになった年

2022年、「オーセンティシティ」や「世界観」という言葉を聞くことが増えたなと感じています。オーセンティシティは随分前から言われていることではありましたが、SNSの文脈でも使われることが増えてきたのではないでしょうか。

例えば「インフルエンサーからクリエーターの時代へ」という流れが生まれてきています。インスタ映え」は昔の話で、ユーザーは「作られた」コンテンツにウソっぽさを感じるようになってきています。投稿者が本当に感じている・考えていることなのか、実体を表しているのか、つまりそれが”ほんもの”であるかどうかが問われるようになってきている。

そのトレンドを象徴するかのように、「“映え”はダサい」とモテクリエイターこと菅本裕子(ゆうこす)さんが去年のあるカンファレンスで言っていたことが、とても印象に残っています。で「映えないSNS」といわれる写真加工のフィルターが一切ない“BeReal”が流行りだしたのも同様のトレンドを反映しているのでしょう。

「フォロワーに投稿が届かない」とインフルエンサーが感じ始めたのも、同時期でした。ショート動画のTikTokが広くユーザーに浸透すると、クリエーターの影響力(フォロワー数)よりもコンテンツの内容を優先して表示するアルゴリズムが一般的になり、「インフルエンサーからクリエーターの時代へ」という流れが決定的になりました。

マーケティング業界でも、「時代はオーセンティシティ(ほんもの性)」と言われるようになり、インフルエンサーマーケティングよりもUGC(User Generated Contents:一般ユーザーによって作られたコンテンツ)を活用したほうが効果が出るのではないか、という見方があらためて注目されているようです。

ユーザー心理として、“ほんもの”を求めるようになった一年だったと思います。

テクノロジーが揺るがす“ほんもの”の境界

では“ほんもの”とは何か? テクノロジーの発展により、何が“ほんもの”で何が“ほんもの”でないか、われわれの認識のアップデートも迫られているなと感じることも2022年の印象的な出来事でした。

例えば「フィジカル(物理)」と「デジタル」のどちらに“ほんもの”性を感じるか?

それを試すような実験的アートがダミアン・ハーストの「The Currency」と名付けられたNFTアートプロジェクトです。作品をNFTとして保持するのか、もしくはフィジカルなペインティングに交換するかを所有者が選択できる権利を、1年間コレクターに付与するという試みです。

結果はどうだったか。5,149人の購入者が現物作品を選び、4,851人がNFTを所有することを選びました。そして2022年10月、ダミアン・ハーストはNFTを選んだ人の分のペインティングのアート作品を燃やすというパフォーマンスを行い、世界で話題となったのです。

英美術家ダミアン・ハースト、NFTになった自分の現物作品を燃やす(字幕・12日) - ロイター

2022年は、スターバックスをはじめ企業のマーケティングでのNFT活用も見られるようになりました。NFTによってデジタルデータの特徴だったコピーの容易性が薄まり、デジタル上でも“ほんもの”を表現できるのではないかという考え方が出てきたのは、とても大きな変化に思います。

また、2022年に見られたテクノロジーの発展は、デジタルな世界でも“ほんもの”を表現できるということだけではありませんでした。これまで明らかに“ほんもの”とは見なせなかったようなものまで“ほんもの”とみなすべきではないか、という意味での認識のアップデートも迫られていると感じた出来事もあったのです。

失語症と診断されて引退したハリウッドの俳優ブルース・ウィリスがAIによる合成映像(ディープフェイク)として広告に出演したことが話題になり、自身の肖像権をディープフェイク関連企業に売却したという報道がありました。その後、代理人が否定したという話ではありますが、私にとってこれは非常に象徴的な出来事でした。

出典:『ディープフェイクのブルース・ウィリスがロシアの広告に登場』(YouTube

“ほんもの”の「ブルース・ウィリス」とは何か?

姿だけでなく声も合成は可能ですから、見た目や声でブルース・ウィリスを表現することは、権利も含めてこれでできてしまいます。演技をする人が「ブルース・ウィリスのように」演技ができれば、あるいはCGでブルース・ウィリスの演技を再現できれば、十分それはブルース・ウィリスが演じていると言って良いのではないでしょうか。

そもそも、俳優自体が物語の登場人物になりきって「演じる」職業なので、「にせもの」だと言えます。ただ演技の中でも俳優の「俳優らしさ」があり、そこに人はブルース・ウィリスらしさを感じて見ているわけです。それをテクノロジーが代替できるとしたら、「ブルース・ウィリスらしさ」とはいったい何なのでしょうか。

ブルース・ウィリスが彼らしくあるための要素のうち、見た目や声、なんなら演技部分までがテクノロジーを使って代替できてしまうとすると、残りの要素は何があるのでしょうか? ブルース・ウィリスらしさを構成するのにそれは必要なのでしょうか? どの要素までを再現できていれば「“ほんもの”のブルース・ウィリスだ」と人は見なすのでしょうか?

このような“ほんもの”の境界線のゆらぎはテクノロジーの進化につれ、今後もいろいろな場面で出てくるようになるでしょう。

今こそ企業は自らの“ほんもの”を見直すタイミング

ユーザーが“ほんもの”性を求めるようになり、一方でNFTやAIといった技術革新により「何が“ほんもの”なのか?」の定義が変わりつつもあります。

この流れは企業活動を考える上でも避けられないでしょう。世界観を大事にすることが求められるようになってきているのも、こうした大きなトレンドの一環だと捉えるべきだと思います。

このような流れを踏まえると企業にとっては自分たちにとっての“ほんもの”を定義しなければならないタイミングであるとも言えると思います。パーパスという言葉も出てきましたが、それで十分見直されたのかどうか?

ユーザーが“ほんもの”を見極める目はどんどん肥えていきます。SNS上でのコミュニケーションにとどまらず、テクノロジーが“ほんもの”を定義し直そうとしている以上、一般にも「なにが“ほんもの”か」を問いかけられる機会が日常的になるのは避けられません。

今こそ企業自体が持つ“ほんもの”性がどんなものなのかを自身で要素分解をして、持つべき世界観を明らかにしていくのに良いタイミングなのではないでしょうか。

Sprocketとしても、CRO(コンバージョン率最適化:Conversion Rate Optimization)を入り口として、ユーザーが感じる企業やブランドの“ほんもの”性を見える化できないかと試行錯誤しています。2023年は、Sprocketとしての“ほんもの”性は何なのかについて、プロダクトやサービスの改善を通じて追究していきたいと考えています。

みなさま今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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