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ビジョンをプロダクトに落とすパワー。シリコンバレーのスタートアップから得られた知見

2015/06/11 8:30:35

Badgevill社(以下BV社)との3年間に渡る契約を終了し、自社開発に踏み切ったSprocket。これから海外のプロダクトを国内で販売しようとしている方だけでなく、海外企業との付き合い方を考える上で参考になればという思いから、どうしてこの決断にいたったのかをまとめています。

前々回の記事はこちら。
SprocketはなぜOEMから自社開発に踏み出したのか?海外ベンダーとの契約と交渉はここに注意せよ!

前回の記事はこちら。
アメリカ企業との交渉に求められるのは「Creativity」。相手を動かすためのコミュニケーション

今回は、いよいよ自社開発に踏み切った、あるいは踏み切らざるを得なかったBV社側の体制の急激な変化、それから創業CEOから受けた「おもてなし」について振り返りつつ、この経験から得た知見を整理します。

シリコンバレーではよくあるとはいうけれど・・・キーパーソンが続々と会社を辞めていく

さて、OEM契約の更新をしてしばらくすると、BV社の方に色々と変化が生じてきます。

まず人材の流出。古参メンバーやVPクラスメンバーの退職が相次ぐようになりました。変化の激しいシリコンバレースタートアップですからそういうことも成長の過程ではあるかと思いますが、それにしても激しくて、半年くらいの間にVPクラスのメンバーが半分以上は入れ替わりました。

それでも次のメンバーが見つかるというのはそれはそれですごいなと思うのですが、そのうちに創業者CEOも代わってしまいました。これには驚きました。

どうやら、シリーズBの投資(2500万ドル、日本円にして約30億円)を受けた時に、CEO自身は自分の株を一定放出し個人的にはイグジットを果たしたようでした。創業者が途中で交代させられるというのは確かによく聞く話ですし、VCが主導するという面もあるようなので、もともとそういう前提でシリーズBの投資を受けていたのかもしれません。

個人のモチベーションが最優先、シリコンバレー流転職事情

退職したメンバーとはその後もやりとりは続いているのですが、オラクルのマーケティングクラウド事業のGMになったメンバー、マルケトのSVPになったメンバーなど、みんなそこそこ良い所に行っています。優秀な連中が集まっていたんだなと思います。

ちなみに、濃い付き合いのあったメンバーは僕らがどういうことをやっているのか(当たり前ではありますが)ちゃんと理解してくれているので、他社に移ってからも情報交換は続いています。

機会があればまたビジネスも出来ると思いますが、この辺も会社というよりは個人のひも付きが強いなという印象です。「あいつがオラクル行ったから俺も行こう」という流れがあるようで、VPクラスの転職先に、メンバークラスが大量に引っ張られていました。

そうそう、それで思い出したのですが、彼らの働き方として「個人的なモチベーションやつながりを重要視する」というのがあります。転職先やそこでのポジションの選び方についても、自分個人のモチベーションとどうマッチしているかを軸に判断している印象が強くあります。

ですから採用する側も個人のモチベーションはかなり見ておかないといけないんだろうなと思いました。

退職後、類似プロダクトを作るメンバーも。それもシリコンバレー

また、「退職後、競合先に行くな」というようなルールはほとんどありませんでした。創業CTOは、辞めた後に完全に競合するプロダクトを自分で作っており、そっちにジョインしたメンバーも何人かいたようです。あっさりしたもんだなと思います。

イグジットした様子の創業CEOも、完全に競合ではないですが、類似する領域で新しいプロダクトを作るスタートアップを立ち上げており、現在はそこで頑張っています。そっちではかのベンチャーキャピタルKPCBから出資を受け、さらにジョン・ドーア(Amazon.com、Google などに投資をしてきたシリコンバレーで有名な投資家)を顧問にした様子で、それはそれですごいなという感じです。

メンバーの退職が相次ぎ、CEOまで代わってしまったので、新しく僕らもリレーションを作りなおさないといけません。「前のやつから聞いているよ」という話もあるものの、こちらの説明は基本的にやり直しです。

CTOが変わってロードマップも変化。進化が止まる

CEOとの関係性が重要なのはさすがにもうわかっていたので、そこもやり直し。

CTOも代わってしまったので、プロダクトのロードマップもガラっと変わりました。以前作ると言っていたものは基本的にゼロリセット。新CTOが内容理解するのに数ヶ月、その後は全く違うロードマップが出てきました。

シリコンバレーではよくあること・・・といいつつ、さすがにこうなってくるとこちらも色々と考えなおさないといけないなと思い始めるようになりました。特に僕の中で決定的だったのは、今後のプロダクトをビジョンを持って引っ張っていけそうな人物がいなくなってしまったことでした。

このままだと進化が止まるだろうな・・・というのがロードマップを見ていても明らかだったため、この辺りで自社開発の方へとスイッチの切り替えが始まった感じです。社内でも具体的な協議を始めたのもこの頃でした。

そして自社開発への方向転換へ

当初から自社開発を推していたエンジニアからすると「だから言ったじゃないか」と言われそうです^^;

BVのプロダクトの進化という観点で言うと、それまでは結構なハイスピードでいろいろな機能が追加されていっており、どんどん良くなっていました。確かにバグは結構あったし、明らかな問題点もあったのですが、機能強化のスピードでそれをかき消していました。

なので、このスピード感がなくなってくると一気にネガティブ面にフォーカスが当たってきます。実際その後、今現在まで機能強化という点ではほとんどプラスがありません。

この新CTOも本来かなり優秀な人物だと思います。なんせオラクルでラリー・エリソンに転職を止められたとのこと。彼の下でグローバルなインフラ構築などを担当していたそうです。

ただBV社での彼の仕事としてはそれまでの技術的負債を返す方に主に取り組んだということがあったため、表向きはあまり目立たない成果でした。それでよくなった部分、不具合が減少した部分は確かにあったのですが、根本的には直りきっていない面もありました。あそこまで持ち直した力技はかなりのもんだなという気はしますが、やりきれなかった部分がありました。

見習うべきは、ビジョンをプロダクトに落としこむ「パワー」

振り返ると、「自社開発切り替え」の意思決定はもっと早くやっておくべきだったなと思います。「社内での具体的な協議」の期間を設けるまでもなく、その時点で開発スタートとしておけばいまより3-6ヶ月は早く展開できていたと思います。

どうなるのかわからなかったので見極め期間を設けてしまったのは今から思えば慎重に過ぎました。

また人材変動の一連の過程で、グローバルの第一線級の人物の力量がどんなものなのかということの肌感覚もかなり磨かれたと思います。さすがだなと思うのは、とにかくわからない中でもガンガン進めていく力、ビジョンをプロダクトなどの形に落としこむ力についての部分です。

ここは日本人と大きな差があるなと思いました。確かに不具合が出たりなど、粗い面もあるのですが、それでもとにかくやっつけてしまうというパワーがあります。

またプロダクト自身も相当新しい概念のものだと思いますが、なんとかとりあえず使えるものとして形にしてしまうところもすごいと思います。出来上がったものに文句をいうのは簡単なのですが、実際にやってみるとここは相当大変です(自社開発に切り替えてから強く実感しました)。

BV社は何かの真似をするという発想は基本的に持っていないので、よくも悪くもオリジナルの発想を形にしていくという動き方には学ぶところが非常に大きくありました。

グローバルで評価されるプロダクトを生み出すというのは、彼らが決してそれに成功したわけでありませんが、姿勢としてこうでないとダメなんだなというのがよくわかりました。

今Sprocketでも、自分たちのやろうとしていることの概念を整理したり、新しく生み出したり、プロダクト化できるところまでそれを煮詰めきるという作業はとても大事にしています。

創業CEOから受けたアメリカ流のスペシャルな「おもてなし」

そういえば、彼らなりのおもてなしを強く感じた出来事もありました。

創業のCEOが辞める少し前のことだったかと思いますが、家族を連れて西海岸に旅行を兼ねた出張に行ったことがありました。米国ではファミリーで付き合うというのはよくあると聞いていたのでどうなるかなと思っていたのですが、実際にBV社メンバーと家族一緒に食事をするという機会がありました。

おもてなしを強く感じたのはCEOからのお誘いで、二泊三日の旅行に一緒に行くというイベントでのことでした。「今度家族でそっちに行くぜ」という連絡をしていたところ、「じゃあ家族で一緒に旅行でも行こう」という感じで、かなり何気ない振りからのスタートでした。こっちとしてはそういうこともあるかもというところでもあったので、やっぱりあるんだなと思いOKの返事をしました。

こういう場合、相手が日本人だと色々と事前の段取りやこちらの予定などを細かく聞いてくることがなんとなく期待されますが、もちろんそういう気遣いはほとんどありません。

直前までいつどこに行くのかよくわからないまま、どうなってるんだろうという感じでした。で、「どうする?」と伝えたところ「海と山とどっちがいい?」という質問。「海かな」と答えたところ、じゃあこの週末にするからということで返事がありました。お金どうするのかなというのには回答なし。

で、行き先がわかったのは現地に着いてからだったかと思います。ここにいくから現地で一緒に晩飯食おう、ということでした。どんなところなのか正直よくわからなかったのと、現地で二泊三日なわけですから先方家族とどんな風に過ごすのか特に何も事前に連絡はなく、うーんこれどうなるんだろうというのが現地に向かうまでの印象でした。

CEOは先に出発していたので、「これお金どうするんだろう??」と先方メンバーの人に率直に聞いてみたところ、「こっちで持つから気にしなくていいよ」とのこと。「え、そうなんや!」とここで初めて気づく。

実際に着いてみると。これがめちゃめちゃ豪華なリゾートホテルで、ペブルビーチというところでした。調べてみると世界的に有名なゴルフ場のあるところで、周辺からして高級感たっぷり、ホテル自体も敷地がめちゃめちゃ広く、手入れも行き届いていてザ・ゴージャスという感じ。妻と興奮気味になってチェックインしたのでした。部屋もものすごく豪華でびっくりしたのですが、中に先方メンバーからのお花と子供向けのプレゼントやお酒が置いてあって、「楽しんでね!」という手紙付き。

CEOも、わざわざ子供は預けて、夫婦ふたりでディナーをもてなしてくれたのでした。翌日はどうするんだと聞くと、ディナーを一緒に食おうということでそれまでは自由行動とのこと。この辺もアメリカらしいというか、他の人達がどうかはわかりませんが、やりたいことがそれぞれあるからお互い自由に行動しようというのがひょっとするとデフォルトなのかなと思います。近くに世界的に有名な水族館があったりするところなので、観光にはもってこい。

いや~、こんなところ連れて来てもらっていいんだ、というくらいの豪華さで、とても優雅な週末を過ごすことが出来ました。

アメリカ人の印象が変わるおもてなし

アメリカ人は気遣いができない的な話も聞いたことがありましたが、いえいえ、こんな風にある意味では日本人よりよほど気遣いができると思う面もあります。やっぱり同じ人間ですから、表現の仕方に差はあるものの、相手をもてなすという思考・行動はちゃんとあるわけですね。

この旅行だけに限らず、個別に出張した際にも必ずおいしい食事に連れて行ってもらいましたし(取引先なのでまあそうするかといえばそうなんですが)、ウェルカム感は毎回とても感じることが出来ました。

こうした体験は僕にとってはアメリカ人という人たちの印象をかなり変える出来事でした。

2回目のCEO交代、ビジョンが変わり、開発も完全にストップ

さて、思い出すままに書いてきた海外ベンダーとの付き合いについて、そろそろ終わりに入りたいと思います。

結果として僕らは彼らとの取引は停止することとし、自前でプラットフォームを開発するという判断をしました。既存のお客様の移行も無事終わり、取引関係がなくなった今ではもっと早く判断して動いておけばよかったと思うところも正直無くはないです。

半年早くこの判断ができていればベストタイミングでした。今やBV社は創業CEOからは3代目のCEOとなっており、プラットフォームの進歩自体もこの1年半位はほぼ止まっている状況です。

CEOが代わるたびにCTOも代わっているので已むを得ないんでしょうけれど、使っているこちらとしては不満になってきます。

ビジョンの受け継ぎもなされているとは思えず、2年ほど前と比べるとVPクラスもほぼ総入れ替え。事業の方向性も当初と大きく変わってしまいました。

契約更新時に価格を10倍に改定したとのこと。自社開発の判断をしていなかったら・・・!?

また、契約更新の際に、驚いたことに仕入額を10倍に改定したという内容で提示してきたのです。その時点ではすでにこちらでの開発を進めていたため、結果的には先方理由で「その条件ではとてもじゃないが更新できない」と伝えることになりました。

それもあってかこちらのプラットフォームへの移行期間は柔軟に対応してもらえましたし、データの提供にも協力的に動いてもらうことができました。

もし自社で作っていなかったらと思うとかなりゾッとする展開ですね。物事の見極めということで言えばそういう気配(創業CEOがいなくなるなど)が出てきた段階でさっさと意思決定しておくほうが良かったということになります。

成長が急激ということは、悪くなるのも急激があり得るということなんだなと身を持って体感した感じです。

こうしたことからかなり強く感じるのは、この「会社」と付き合うというよりもCEO「個人」あるいはいろいろ動いてくれているVPのだれだれさんと付き合うという感じなんですよね。

同じ会社でもそういう個人的な付き合いが薄まると途端に対応が変わりますし、逆に言えば個人的な付き合いがあれば会社が変わってもまた何か一緒にやろうぜとなる。コネ社会というか、個人と付き合うという感じは日本よりもよっぽど強い気がします。

まとめ:3年間にわたる海外企業との取引で得られた学び

いろいろな学びがあったのですが、順不同で無理やりまとめてみようと思います。

  • 語学の違いよりコミュニケーション文化の違いに気をつけよう
  • 対応は意外にしっかりやってくれる。とにかくストレートにリクエストをぶつけ、理解してもらえるよう説明を頑張ろう
  • CEOとはしっかり個人的なリレーションをつくろう
  • 雲行きが怪しくなってきたら撤退の判断を想定して準備しておこう
  • 交渉のカードがなにかしら手元にある状態は常にキープしておこう
  • 優秀な人物がいれば個人的に付き合うことを心がけよう

という感じです。

足掛けで3-4年になるかと思いますが、本当に貴重な体験でした。何人かの人物とはいいリレーションができたと思います。もっとこうしておけばということもたくさんありました。

本稿、何分それほど一般的とは言えない状況での体験談ですので果たしてどの程度汎用性のある知見として活用できるのかわかりません。

ただこの手の話はそもそも体験している人がほとんどいないため、僕自身も誰かにアドバイスを聞くということもあまりできませんでした。なので、ないよりはマシだろうという程度のものかもしれませんが、なにかしらの参考になればと思います。
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Topics: badgeville, 海外との取引, エンジニアリング, コミュニケーション