企業が顧客を育て、顧客が企業を育てる:「闘争としてのサービス」著者 山内裕氏との対談

マーケティングインタビュー・対談

「闘争としてのサービス」(中央経済社)を出版した京都大学経営管理大学院 准教授の山内 裕氏。提供する側と利用する側の闘争により、何が生まれるのかをテーマに対談を行った。

闘争としてのサービス』(中央経済社)

京都のおもてなしは、店と客の相互互恵的な関係の上に成り立つ


深田:
先日、「闘争としてのサービス」を読ませていただきまして、非常に僕が考えているおもてなしのあり方と近い考え方をされているなと感じ、今回お声がけさせていただきました。

「おもてなしは奉仕ではない」という本の中の主張は、僕の考え方とも一致していて、奉仕ではなく自己実現感を提供するという方向にあると思うんですよね。本の中でも京都のお茶屋さんのお客さんが舞妓さんを育てて長期的に切磋琢磨してもらったほうが、お店もお客さんも相互互恵的になるという話がありました。これは企業もいえることで、企業がお客さんを育てファンを作るというようなことがこれからますます重要になると思います。

山内:
京都のお茶屋は有名人が初めて来店しても、「紹介を通してね」と断ってしまうことがあります。ビジネスとしては有名人だからもてなして儲けようとしてしまうんですが、長期的に見ると断るほうが続くんですよね。これはヨーロッパのホテルなどもそういう傾向があります。

写真:京都大学経営管理大学院准教授の山内氏

京都大学経営管理大学院 准教授の山内 裕氏 

これまでのサービス論と真逆をいく、闘争としてのサービス


深田:
山内先生は、なぜこのテーマを研究することになったのですか?

山内:
2010年の9月にアメリカから日本に戻ってきて、これから何を研究しようかと考えました。今、日本企業の論文を書いてもあまり注目してくれないんですよね。80年代は終身雇用などの日本企業のやり方が正解と言われて注目されましたが、日本が不況になってからはまったく状況が変わってしまいました。

グローバルに注目されているのはなにかということを考えると、例えば京都の料理屋や東京の鮨屋が面白いと思ったわけです。かなり高額であるにも関わらず、予約が取れないというような状況があるわけです。外国人もこういうサービスには高い価格を支払います。

深田:
なるほど、論文のマーケティングを考えて選ばれたのですね。その選択は正しかったですか?

山内:
既存の理論、つまりお客さんを満足させなければいけないということと、180度違う主張になってしまったので、難しい部分があります。店と客は友好な関係を築くというのがこれまでの考えなので、闘争という考え方はこれまでの全否定になってしまうんですね。まずは本を出版したので、これから英語論文を執筆します。

深田:
お鮨屋さんにビデオカメラを置いて接客を観察するなど、おもしろい研究ですよね。

山内:
クリーニング店の観察もしました。クリーニングは、ワイシャツクリーニングだけでなく、汗抜き、抗菌加工などをセットで売らないといけないのですが、接客がうまい人は、必要な理由を積み上げて、お客さんが自然にそのオプションを自ら選択するようにするんですよ。

深田:
日常的なサービスの中でも客と店の闘争があるのですね。

サービスに神秘性と緊張感を持たせることができるか


写真:対談する山内氏と弊社代表深田
深田:
僕も前に本を書く時に京都の老舗旅館の柊家を取材しました。その時、川端康成が小説を書いたという1泊10万円の部屋を見せてもらったんですね。僕はその部屋を見て、京都の自分のおばあちゃんの家みたいだな、と思いました。でも聞いてみると、畳に使っている草、活けてある花などにすべて意味があって、それがわからないと価値がわからないようになっているんですね。

山内:
誰が来てもわかるのではなく、お客さんがわかっているかどうかが試されるんですね。それを提供する側もわかってやっていて、聞かれたら答える、聞かれなければ言わない。それがサービスの神秘性になって魅力になるんですね。

深田:
企業も見えないところで品質管理に気を使っていたりというサービスの努力はしていますが、むしろ当たり前になってしまってあえて知らせることがなかったりします。だけどその情報をよいタイミングでよい形で出せたら、お客さんに深く知ってもらうことができると思います。

山内:
ウェブ上のサービスの場合考えないといけないのは、闘争の緊張感が生まれるのは、「見られている」という状況があるわけです。お茶室が狭く作ってあるのは、見られているという緊張感があり、そこに価値があるからです。ウェブやITの場合は、その緊張感を上手くデザインする必要がありますね。

割引ではないリワードの魅力をどう伝えるか?ボトルキープの設計のうまさ

写真:山内氏
深田:
Sprocketでは、そのための工夫としてユーザー同士の競争心をあおるデザインにしています。サイトの中のソーシャルフィードで他の人のステータスを見せる、自分が見られることで競争心をあおり緊張感を作っています。

さらにユーザーの行動を見て、企業が承認をリワードとして与えることで達成感、満足感を感じてもらうというような設計です。リワードもポイントや割引ということではなく、特別なイベントへの招待、昔の商品ラベルのデジタルアイコンなどを用意しています。実際、導入したECサイトでは来訪頻度が上がったり、ページの閲覧数が増え、結果として購入が増えるという効果が現れています。

山内:
安易なポイントはサービスの価値を下げてしまうことがありますね。サービスの価値をポイントという外在的な数字に置き換えてしまうということになります。サービスに本当に自身のある企業はポイント制度を導入しないですね。

特別感のある承認というのは重要ですね。アメリカのレストランでは、お客さんに厨房を見学させて店の裏側を見せることで、特別感を感じてもらうというようなことをしていますね。

深田:
厨房の裏側というのは良いアイデアですね。ただ、金銭的な付与をしないとユーザが動かないと考える企業は多くてそこの説得が難しかったりします。

山内:
むしろ、お客さんにお金を出させることがうまくデザインできるといいですね。ボトルキープは、お客さんにお金を出させるけど、ボトルを店に置くことができて、自分の店という気分を感じさせるデザインができていますよね。

深田:
なるほど、確かにボトルキープみたいな特別感を演出できるといいですね。

食べログは悪なのか?評価した人を誰が評価するかという課題


山内:
料理人の方をお話していると、食べログを悪と思っている人が多いんですよね。というのも、10人中9人の人がよい評価をしても、1人がダメだというと他の9人の意見は意味がなくなって、料理人はその1人のダメに打ちのめされるんです。

そして、その1人の意見が正しいかというとそうではなくて、昼のランチを食べたのに、夜に行ったことにしていたり、むちゃくちゃなこともあるんですよね。だからお客さんが店を評価できるのに、評価をしているお客さんは評価されないので、評価が一方的過ぎて、業界にとってよくないという風に言うんです。

昔からレストランのレビューはミシュランガイドなどがありますが、ミシュランガイドは星を落とすと自殺者が出るくらい重いものだと評価する方も知っているので、責任感を持って評価していると言われています。

お客さん、レビューする側がどう評価しているかを評価して、お客さんを育てるという視点が食べログにもあればいいという話を聞きます。

深田:
評価者の妥当性ですね。情報を広める人は意図を持って情報を拡散することがありますが、受け取る方は良い話なら好きになりますし、悪い情報ならネガティブに感じますね。

こうした時に考えるのがお店のファンの形成モデルです。大半の人は店のことを特別好きでも嫌いでもないニュートラルな立場の人です。だけど、悪い情報はネタにしやすいので真偽に関わらず拡散しやすいですよね。こうした悪い情報が出た時に、その店の強いファンがいれば、悪い情報を否定してくれたり、事情を説明してくれたり、店を守る方に動いてくれることもあると思うんです。

レビューで意図的に悪いことを書く人がいることは避けられないことで、一種の公平性の担保でもあると思います。だから、おっしゃるような評価者がどんな人なのか分かる仕組み、そしてそれは違うという反論を流せるような2点の仕組みが必要になりますよね。

お店だけでなく、企業も炎上を防御してくれるようなファンを育てていく必要があると思います。Sprocketは、例えばこの人はこの分野での専門家、インフルエンサーだということも可視化できるような仕掛けを用意していきたいですね。サービスをまたいで、1人のユーザーを追いかければその人の得意分野、不得意分野などをステータスとして見せることもできると思います。

高級サービス以外にもあるサービスとしての闘争


深田:
本の中ではモスバーガーも取り上げていますが、付加価値をどのようにつけていくのですか?

山内:
高級ではない画一化されているサービスでも、闘いの側面がある、それは特に自分がどういう人間なのかが問題になりうるということを示したかったのです。

モスバーガーで注文するときに、単に「モスバーガーください」と言わないことがあります。「えーっと、このー モースーバーーガーーでー」とメニュー表を指差しながら、あたかもメニュー表を読み上げるように言ったりします。あたかも自分のこのモスバーガーを知らない、特に理由がなくこれを選んでいる匿名な客をわざわざ演じたりします。裏返せば、ファストフードでも、その客がどういう人なのかが問題となっているということです。

高級なサービスのほうが傾向が強いのですが、やはり記号としての闘いはあり得ます。例えば、客にとって理解できないような名前を料理につけたりします。我々が調査をしたイタリアンでは、「ピッツァ メランザーネ」などを記載しているんです。モスバーガーにも、例えば「菜摘」というメニューがあって、バンズの代わりにレタスを使っている商品なんですね。これをどう読んでいいのかわからない客も多いです。メニューにあえて難しい名前をつけているのは、これは客が知っている日常を越えている、特別だ、という記号になっています。ここでせめぎあい、闘いがあるのです。

写真:弊社代表深田
深田:
モス以外ではどうでしょうか。スタバは体験を売っていたりしますよね。

山内:
そうですね。スタバもよくわからない名前をつけますね。何か洗練された文化を構築して見せています。

サービスというのが文化としての価値を持つということは、マクドナルドでも同じです。Joe Kincheloeという学者が言っていることですが、マクドナルドはアメリカにおいても、近代性の移り変わりの象徴だったこともあります。伝統的な家族での食生活から、自分の好きなものを食べるという、伝統的社会からの解放の記号としての価値です。マクドナルドはそれを知っていて、CMでも打ち出しています。しかし、ポスト近代になって、その価値が変化してきています。

深田:
時代が変わってレイ・クロックが作ったその記号をどこに持っていくか後の世代に伝わらなかったということかもしれませんね。それは先程のお話にもあった、仕掛けの部分としての神秘性にもつながるのかもしれません。

山内:
いいものを作れば売れる、ということだけではなくて、なにをどう見せていけばいいかということになるかということでしょうね。神秘性を作り上げるということが重要になることがあります。

サービスとしての闘いが双方のメリットになる


山内:
今回の書籍では単にサービスが誤解されているというだけではなくて、そもそもなぜみんながサービスの本質を誤解するようになったのかということがあります。お客さんにはニーズがありそれを満たす、という考え方は実はコントロール、マネジメントしやすいので、経営者がそれを期待するから学者もそれを提供するという側面がある。

なお僕は、特定のサービスを正解としてしまうのは危険だと思っています。例えば、鮨屋のやり方が正しいとは思っていない。伝統があるから売れているのではなく、伝統があるように見せるという点を理解しないといけないと思います。お客さんのレベルが上がれば見抜かれるので、企業も努力をしないといけなくなり、循環していくと思います。

深田:
今後の方向性は?

山内:
サービスに限らず、サービスのデザイン、文化をデザインする方法論を追求したいですね。サービスのデザインというと、人間中心でストレスなく、わかりやすくということになりますが、それとは逆にわかりにくくすることで、文化の構築というところまで含めてやっていきたいと思います。

深田:
本日はありがとうございました。

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